私は週に一回、歯科に通っている。
虫歯は無いが食い縛りが強く歯が擦り減り、全体の噛み合わせを調整する為だ。
私を担当するのは決まって院長だった。
40代後半で小柄な優しい先生だ。
診察台に通されそこで挨拶を交わす。
「お変わりありませんでしたか?」
毎回笑顔で問いかけてくる。
「大丈夫です」
私も毎回同じ返答をする。
診察台を寝かされ目を閉じ口を開ける。
ここからは治療が終わるまで目を開けた事がない。
素手で1本づつ丁寧に歯を調べる。
途中、疲れた口を閉じて一休みすると私の唇にちょんちょんと軽く触れて“開けて”の合図を送ってくる。
この絶妙なタッチがなんとも心地良い。
このタッチをしてもらいたくて治療中何度か口を閉じた。
その度に同じ動作を繰り返す。
たまに放っておくと、
「あーんして」
子供に話しかけるように声を掛けてくる。
コットンで優しく唇を拭いて治療が終わる。
「お疲れ様でした」
その声で初めて目を開ける。
15分程の短い時間ではあるが私にはちょっとした癒しの時なのだ。